イタリアの主要都市フィレンツェ、ローマ、ベネツィア、ナポリ、オルヴィエート、シエナ、アレッツォ、アッシジ、ペルージャ、トーディ、チヴィタ、ヴィテルボ、ボルセーナの都市情報です。旅行計画を立てるなら必須情報ばかりです。

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写真は、すべて自社で撮影したものを使っています。

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イタリア主要都市ガイド

世界遺産の宝庫であり、世界中の文化財の40%がイタリアにあるといわれる国イタリア。誰でもが憧れる見所満載の街と陽気にホスピタリティあふれる人々が迎えてくれる国イタリア。現代と古代が調和された街ローマ。ルネッサンス都市フィレンツェ。水の都であり旅情あふれるヴェネツィア。ショツピングも楽しい現代イタリアを代表する活気あるミラノ。
どの街を訪れてもそれぞれに違う表情を与えてくれるイタリアの個性ある街々。生きる喜びにあふれ、生活を楽しむイタリア人のなかで過ごすイタリアの旅は、私たちにも生きる喜びと新しい力を与えてくれるに違いない。

Buon giorno Italia.

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フィレンツェ

フィレンツェはトスカーナ州に位置し、人口約35万人が住みます。かつてのフィレンツェ共和国、トスカーナ大公国の首都で、イタリア統一後、短期間(1865~1871)ではありますがイタリア王国の首都がおかれました。

『花の都』フィレンツェは、今もルネッサンスの華やかな雰囲気が残り、ルネッサンスを開花させたメディチ家の紋章(百合の花と丸薬)をいたるところで見かけます。中世からルネサンス期にかけて、フィレンツェはヨーロッパの商業・金融の重要な中心地のひとつで、文化の中心としても発達し、美術、建築の傑作が数多く残されています。

町には美しいアルノ川が東西に流れ情緒あふれます。北側は町の中心地となり、美しいクーポラのドゥオーモとジョットの鐘楼、市庁舎であるヴェッキオ宮、ボッティチェッリの作品でお馴染みのウフィツィ美術館、メディチ家ゆかりのサン・ロレンツォ教会、ミケランジェロも眠るサンタ・クローチェ教会、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会があります。アルノ川南には広大なボーボリ庭園を持つピッティ宮(パラティーナ美術館)、サント・スピリト教会、フィレンツェの街が一望できるミケランジェロ広場など必見スポットがいっぱいです。

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ローマ

ローマはイタリアの首都で、人口約282万人(2005年)でイタリアで最も人口の多い都市です。古代ローマから続く2500年の歴史とその華やかな文化と美しさから「永遠の都」と呼ばれています。
その長い歴史の中では度重なる支配、占領を受けましたが、中世初期から近世までローマ教皇領の首都として栄えて、ルネサンス時代後期には文化の中心となりました。
イタリアが統一された1871年、ローマ教皇領がイタリア王国に併合されると、ローマはフィレンツェに変わって統一イタリアの首都となりました。

現在はイタリアの政治、文化の中心地となり、一方経済の中心地はミラノとなっています。
またローマは世界各国からの旅行者が集まる「観光都市」でもあり、国際航空便の主要ターミナル「レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港(イタリアでは別名のフィウミチーノ空港 Fiumicino Aeroporto が一般的)」、ヨーロッパおよび国内線が離発着する「チャンピーノ空港(Aeroporto di Roma Ciampino)」があります。
列車での玄関口は「テルミニ駅(Stazione Termini)」があり、ヨーロッパ最大級の駅でもあります。構内は近年改装され、地下にはショッピングモールができ旅行者のよい買い物コースの一つになりました。

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ベネツィア

ヴェネツィアの町はアドリア海の最深部、ヴェネツィア湾にできた「ラグーナ(潟)」の上に築かれ、運河が縦横に走る水の都となります。中世時代にはヴェネツィア共和国の首都として盛え、東地中海最強の海軍国家として、アドリア海沿岸の都市のほぼ全てを支配下におくまでになりました。「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」など、当時の勢力を象徴する代名詞が今もヴェネツィアの威厳と魅力を引き立てています。

ヴェネツィア本島は大きな金魚のような形をしていて、その中心を大運河「カナル・グランデ(Canal Grande)」が流れています。そうですヴェネツィアは運河の町であり、本土全体が小さな島々からできているのです。車は島内に入る事ができず、交通機関はヴァポレット(Vaporetto)という水上バスか、モトスカーフィ(Motoscafi)という水上タクシーでの移動となります。ゴンドラと呼ばれる手漕ぎの舟が有名ですが、現在はほぼ観光用途となっています。運河には大小の無数の橋がかかっていて、橋が目印、地上には狭い道路が迷路のように巡っていて、旅行者を魅了する景色を作り出しています。

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ナポリ

有名な諺に「ナポリを見てから死ね(Vedi Napoli, e poi muori)」とあるようにナポリは風光明媚な土地として知られています。美しい海に燦々と輝く太陽、温暖な気候と陽気な人々、そして美味しい食事・・・世界に知られるイタリアのイメージはここナポリがベースとなっているのでしょう。

一方、犯罪の多い町、泥棒の多い町としても世界に知られています。
実際、スリや窃盗などの軽犯罪はとても多くイタリア人でも被害にあいますし、殺人や強姦といった凶悪犯罪も後を絶えません。
これは南イタリア共通の高い失業率による貧困が原因となっていて、イタリア統一までの2000年もの間さまざまな人種に支配され続けて来た歴史によるところも多いでしょう。さらにはカモッラ(camorra)というナポリ・マフィアが今もなお強い支配力を持っています。

ナポリ市の人口は約100万人、ナポリ都市圏の合計人口は300万人で、古くから過密が社会問題になっています。巨大アパートや高層ビルも建ち並び近代的な人口過密都市の一面ももっています。都市は紀元前6世紀に古代ギリシア人の植民活動によって作られたといわれ、ギリシア語のネアポリス(新しい町)が語源となっています。ナポリ方言での名称はナプレ(Napule)といいます。

ナポリでまず有名なのがナポリピザです。
そのもちもちとしたピザ生地は、他の町のピザとは一線を画しています。
ナポリに行く前はまず美味しいピザ屋さんのチェックから始めましょう。
ナポリピッツァの代表格ともいえるトマトとバジルとモッツァレラのシンプルピザ「マルゲリータ」を食べずしてナポリに行ったとは言えません。

そして忘れてならないのはドルチェとコーヒー。
有名なババ(Babà)、スフォリアテッラ(Sfogliatella)、パスティエーラ (Pastiera)などはナポリの代表的なドルチェで、町の中には至る所にパスティッチェリア(ケーキ屋さん)を見かけます。またナポリカフェもとても有名で水や豆、さらにはカフェも入れ方も特徴的でイタリア国内でもその美味しさは有名です。お洒落なバールに入って小さなお菓子とカフェをぜひ試してみましょう。おすすめです。

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オルヴィエート

オルヴィエートは緑のハート=ウンブリア州にあり、『世界一美しい丘上都市』とよばれています。
オルヴィエートの町は凝灰岩の上にそびえ立つとても特徴的な景観をもっていて、その崖の中央には大きな美しい大聖堂がそびえ立っています。

鉄道を利用した場合でも、高速道路を利用した場合でも、この有名な観光地は遠くからもこのブドウ畑とオリーブ園の緑に囲まれた、息をのむほどの美しい町の姿を見つけることができます。

オルヴィエートの町は大地から隆起した凝灰岩の自然の城壁に囲まれており、この美しく特異な風景の他、古代エトルリア時代には隆盛を栄えたという歴史、街並に残る中世の面影、そして何よりもゴシック建築の宝石とも呼ばれるドゥオモの存在が、オルヴィエートをイタリアの町の中でも、最もユニークで興味深い町の一つにし、世界的に有名な町へとしました。
現存するエトルリア、古代ローマ遺跡で考古学上の証拠となるものは数多く、オルヴィエートに残る墓は、エトルリア文明の最も重要で有名な遺跡の一つに数えられています。

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シエナ

シエナはフィレンツェから60km南に下ったトスカーナの古都で、人口約57.000人、トスカーナ州シエナ県の県庁所在地となっています。 1240年創立のシエナ大学やキジアーナ音楽院、シエナ外国人大学(Universita' per Stranieri di Siena)があり学問の町として栄えていて、14世紀にシエナ派の芸術が花開いた美術史上重要な町でもあります。

シエナは美しい中世のたたずまいを残し、サンジミニヤーノと並んでトスカーナの世界遺産の町として有名です。1995年には街全体が世界遺産に指定されました。シエナのその美しさは歴史的な繁栄があったからにほかなりません。シエナはすでに帝政ローマ時代(5世紀ころ)にローマとフランス方面とを結ぶ主要街道の重要な中間都市となり、商業、金融業、手工業が栄えました。さらに13世紀にはヨーロッパ全体の金融の中心となりました。世界で最も古いといわれる銀行Monte dei Paschi di Siena銀行(1472年)が誕生したのもこの町ですし、町にはなお「Via Banchi di sopra」や「Via Banchi di sotto」といった銀行にちなんだ通りが残っています。

1348年ペストの大流行で町の半分以上の人口が失われ、1555年にはフィレンツェに敗れシエナの華やかな歴史は幕を閉じるのですが、フィレンツェに色鮮やかなルネッサンス芸術が起こった15世紀ころ、シエナでは対照的に中世的なイタリアゴシック建築、シエナ派絵画が全盛を迎えます。政治、経済、芸術、宗教的にも対立的だったシエナとフィレンツェは、今なおそのしこりを残しています。

またシエナの町を有名にしているのが、毎年7月と8月に行われるパリオ(Palio)。コントラーダ(Contrada)と呼ばれる地区にわかれて行われる競馬で、このイタリアで最も美しいとされるカンポ広場で開催されます。シエナの人たちはこのパリオのために生きているとも言えるほど熱狂的になります。

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アレッツォ

アレッツォはフィレンツェから80kmほど南にある、城壁に囲まれた美しい町です。
ロベルト・ベニーニのアカデミー賞受賞映画『ライフ イズ ビューティフル(La vita e' bella)』の舞台になった町としても有名で、この町を訪れる際はぜひ映画を再確認してから来て欲しいです。

街並は中部イタリアの美しいたたずまいを残す、サン・フランチェスコ教会(Chiesa S.Francesco)やサンタ・マリア・デッラ・ビエーヴェ教会(S. Maria della Pieve)など美しい建築物を堪能できます。

9月の第1日曜には、有名な町の伝統行事である、サラセン人を模した人形を相手に戦う『馬上槍突き競技(Giostra del Saracino)』が催されます。
またこの町には骨董屋さんが多く、毎月第1日曜日とその前日の土曜日に町の中心であるグランデ広場(Piazza Grande)で大規模なアンティーク市が開かれます。ぜひこれらの日に町を訪れて、イタリアの歴史を感じてほしいものです。

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アッシジ

中部イタリアに多く見られるように、アッシジもまた小高い丘の上に、オリーブ畑の斜面に沿って町が広がっています。アッシジは、イタリアの国の守護聖人であり、第2のキリストと呼ばれる清貧の聖人サンフランチェスコの街です。イタリア人だけでなく、全世界のカトリック教徒の巡礼の地となっています。

フランチェスコは、西欧中世の盛時、12世紀後半、このアッシジの織物商人をする裕福な家庭に生まれました。父親が仕事柄フランス語に堪能で、フランスびいきだった事から、このフランチェスコという『フランス』を意味する名前を彼につけたと言われています。

若い頃の彼は、豪商の息子として生まれ放蕩生活を送り、騎士の名誉を夢見て軍隊に入りますが、捕虜になったり病気などで初めて挫折、苦しみ、悲しみを味わいます。20歳のとき信仰に目覚め隠修士となり、教会堂の修復などを行います。ある日のこと「私の家を建て直しなさい」というキリストの声をサン・ダミアーノ教会で聞きます。フランチェスコは宗教的回心を経て、すべての財産を投げうちます。1208年には3つの戒律『従順・清貧・貞潔』を定め、弟子たちとともに各地を放浪し、説教を続けたのです。

1210年にはローマ教皇インノケンティウス3世に謁見し、聖フランチェスコ会設立が認められます。謁見したその夜、教皇は倒壊するラテラーノ大聖堂を支えるフランチェスコの夢を見たため、翌日彼の修道会を公認したといわれています。晩年には手足と脇腹にイエスと同じ聖痕(スティグマ)が現れたと言われています。

ジョットの描いた『小鳥に説教する聖フランチェスコ』や、有名な『太陽の歌 (Cantico delle creature)』などからわかるように、聖フランチェスコは西洋人には珍しいほど自然と一体化した聖人として、世界中の人から愛されています。従順・清貧・貞潔の独自の会則に従って厳しく生きたといいます。

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ペルージャ

ペルージャ(Perugia)は人口約15万人のイタリアの都市。ウンブリア州の州都でイタリア中部の大学町でもあります。
ペルージャの名前が一躍有名になったのが、1998年の中田英寿選手の移籍。日本のセリエAブームを巻き起こし、ペルージャという大学の町がなぜか日本人の観光地の一つとなりました。

ペルージャのチェントロ・ストーリコ(旧市街)も他の中部イタリアの町同様に丘の上に位置し、バスで上ります。有名なペルージャ外国人大学の各校舎もみな旧市街地区位置します。

ペルージャは大学の町なので若者が多く、若者向けのお店やビッレリーア(birreria ビアパブ)やディスコテーカ(discoteca)などが沢山あり活気に溢れてますが、その分麻薬や軽犯罪なども多いのが現状です。町は歴史に溢れ、貴重な美術館や博物館も多いので観光地として訪れたいですが、十分に注意が必要です。

毎年7月にはウンブリア・ジャズフェスティバル(冬はオルヴィエートで開催)、10月にはヨーロッパ最大のチョコレートの祭典ユーロ・チョコレート(Eurochocolate)が開催されます。
ジャズフェスティバルには世界中からジャズ・ファンが集まり音楽に溢れ、ユーロ・チョコレートの時期には、町はチョコレートを販売する屋台で溢れ、味見も出来ます。

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トーディ

約10年ほど前、アメリカ・ケンタッキー大学の研究チームが、21世紀に向けて『環境の整った町(citta' sostenibile)』についての研究・調査を行い、トーディの町を最も良い見本であるとしました。
ジャーナリトたちは『住み心地の良い町』だとか『理想的な町』と表現し、この町は一躍世界に知れ渡ることとなったのです。
実際には、都市機能と周囲の環境とのバランスが保たれた町という意味で、イタリア・ウンブリア州にあるこの小さな町が選ばれました。そこには外観の美しさ、環境への優しさ、都市としての機能、この3つが必要不可欠で、トーディはこれらを兼ね備えた町と言えます。
今やヨーロッパ各地、世界各国から観光客が集まり、ここに別荘を持つ人も多いです。

唯一の難点が交通の便があまりよくないことで、そのためにも『現代の理想郷』に選ばれたのですが、車を持たない日本人にとっては、住んだり留学先に選択するのは多少困難となるでしょう。

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ヴィテルボ

教皇の町ヴィテルボ
ヴィテルボは、人口60,537人のラツィオ州ヴィテルボ県の県都です。ラツィーオ州の北部にあたり、トスカーナ州とウンブリア州の州境に位置します。この地域はトゥーシャ(Tuscia)と呼ばれ、紀元前のエトルリア時代の中心部で、その後のローマ帝国時代もカッシア街道の拠点となり、たいへん繁栄した町です。中世時代13世紀前後にはトゥーシャの中心として栄え、多くのローマ教皇が居住しました。そのため町全体が城壁で囲まれており、7つの門が旧市街への入り口となります。ラツィオ州の中で最も良く中世の面影を残している町で、歴史的、芸術的に価値のある建造物、彫刻、教会が多く残っています。

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ボルセーナ

ボルセーナはオルヴィエートの南東10Kmにある湖のほとりの町です。ボルセナ湖は『ヨーロッパで一番澄んだ湖』といわれ、夏のバカンス・シーズンにはイタリアのみならずヨーロッパ中から綺麗な湖を楽しみにやってきます。
湖は今から37万年前に火山活動によって形成されたカルデラ湖で、水深は最高で151メートルもあります。
ボルセーナはオルヴィエートから行くのが便利ですが、ウンブリア州ではなくローマがあるラツィオ州(Lazio)のヴィテルボ県(Viterbo)に属します。
完全な避暑地であるので、キャンプ場やBed&Breakfast形式の安いホテルも数多くあります。